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友達と食事

今日友達とお好み焼きを食べに行きました。とってもおいしかったです。

小学生の日記かっ?( ̄□ ̄;)!!
ダメだ。文才が無さすぎるC= (-。- ) みんなどうやったらあんなに長いこと書くことができるんだろう?
ブログを始めたこと自体無謀だったのだろうか?まあ、始めてしまったのだから仕方がない。
小学生の頃のことを思い出して、先生に手取り足取り教えてもらう感じで、自分の中で今の文章を見直してみる。

赤ペン先生:今日っていうのは何時ぐらい?
俺:八時ぐらいに
赤ペン先生:どうしてその時間にしたの?
俺:友達の会社が終わったのがその時間だから
赤ペン先生:どうしてお好み焼きにしたの?
俺:最近粉もんをたべていなかったで、
赤ペン先生:どこに食べに行ったの?
俺:近所の駅のお好み焼き屋に
赤ペン先生:どうしてその店にしたの?
俺:理由はない
赤ペン先生:あっ、そう(^^;)じゃあ、どれくらいおいしかったの?
俺:彦摩呂の味の宝石箱や〜とまではいかないくらい
赤ペン先生:微妙な表現ですね(^^;)その店に何か特徴はなかった
俺:自分でお好み焼きを焼かせるお店でした。
赤ペン先生:あるじゃない。以上のことを踏まえてもう一度書き直してみましょう。


今日の八時頃、会社終わりの友達からご飯のお誘いの電話があり、駅で待ち合わせをした。
最近粉もんをたべていなかったので、お好み焼きを食べることにした。
理由なく入ったその店は、自分たちでお好み焼きを焼かせるお店だった。
味は彦摩呂の味の宝石箱や〜とまではいかないくらいの美味しさでした。

一番最初の文章よりも多少は長く、個性的になったかもしれないが、まだまだだな〜 ┐( ̄ヘ ̄)┌ フゥゥ〜

チャーハンライス

お金が無かったので、初めてチャーハンライスにチャレンジ。
レンジでチンするチャーハンに冷凍してあったご飯を混ぜるだけの料理。
昔こち亀で両津勘吉が食べているのを読んだが、まさか自分で実践することになるとは思いもよらなかった。
一度やってしまうと抵抗感もなくなってしまったので、自分の中でチャーハンは、カルピスの親戚として、薄めて食べる食べ物としてジャンル分けされた。

メール遊び

今日、今年の春に就職した友達から、年末の飲み会の誘いのメールが来た。
要約すると、「何日が空いてる?」と言う内容のメールだが、その合計の文字数が500文字以上。
社会人になると、それ相応の言葉遣いや言い回しが必要で、それが無意識に出てしまったのだろうか。それにしても長い気がする。
こうなったら、こっちもフリーターとしての時間の無駄な使い方っていうのを教えてやるってんで、内容的には、「まだ、わからん。」と書かれてあるだけなのだが、返事の文字数が1000文字以上。原稿用紙で2枚半。そりゃあ、ふれたことも無い内閣の辞職についても書きますよ。
それにしても、夏休みにあれだけ苦労して書いた読書感想文だったが、この力があれば、もっと楽に書けただろうになー。

休みたい

そもそも休むとはどういうことなのか?
人間が生活をしていく上で、何もしてしないということはありえない。なにかしらの行動はしているはずである。
休むのは何のためか?疲れを取るためであろう。
疲れは二通りある。肉体的なものと、精神的なものだ。
肉体的なものは休んでいれば疲れは取れるが、精神的なものはそうは行かない。
休日お父さんが、家でゴロゴロしているのは、ストレスを受けないようにしているのだろう。
ストレスは受けないようにするだけではダメだ。解消しなければ。
どんどん溜まっていってしまう

批判をする時の立場

批判する時は自分のことは棚にあげながらするものなのだろうか?
その批判した行為の延長線上に自分の姿が見えてこないのだろうか?
同じ土俵にあがってしまうと、その行為が出来ていないと、批判はできなくなるのか?
自分が出来ていること、もしくは全く関係のない立場であるものでないと批判ができなくなるとすると、批判すべき対象がいなくなってしまわないのだろうか?

人の振りみて我が振り直せという言葉があるが、
自分の場合は、どの人の中にも自分の姿が感じられ、何もできなくなってしまうのだが。
それを気にしないためには、多少なりとも無責任さというのがひつようなのかもしれない。
しかし、その無責任さというものが、今の社会を形成したのかもしれない

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